毎日一つやさしいこと

 R君は、エネルギーを持て余しているような元気いっぱいの男の子でした。勝ち気で運動能力抜群。頭の回転が速く集中力もあるので、ペーパーもあっという間にこなします。
 でも、集団行動ではいつも周囲をかき回す役でした。大きな声で乱暴な言葉づかい。先生の話を途中までしか聞かず、早合点したあげく、お友達に指摘されても聞く耳持たず。自分の意見が正しいと、押し通します。
 お母様から何度も相談を受けました。
「大声で叱りつけるのではなく、静かに教え諭すこと。落ち着いた生活をすること。遊びの時間を作り、エネルギーを発散させること。園でお友達に『毎日一つやさしいこと』をして報告させること。それに対して、必ずほめること。」
こうアドバイスしました。さらにR君は、週1回の行動観察の授業を2回に増やすことになりました。
 ○月の行動観察の授業のことです。「部屋中に散らばった紙ゴミを、グループでホウキとチリトリを使って掃除する」という課題に取り組みました。(以下、細原講師からの報告に基づく。)前の机に準備されているホウキとチリトリはグループで1個ずつの割合です。早い者勝ちで取ることになります。R君はいつものように猛然とダッシュ。そしていつものように両方とも獲得。でもそこからが違いました。R君はグループのお友達をながめ、皆が何も持っていないことに気づきました。そして自分の両手にあるものを見つめて、いつもと違う行動に出ます。R君はホウキをお友達に渡し、「一緒にゴミを集めよう」と声をかけて、協力しながら作業に取り組んだのです。
 それまで「自分さえ良ければ」のR君が、「皆で力を合わせて」という意識に変わったのです。担当の細原講師が胸を熱くしたことは言うまでもありません。
 ほめられて、意気揚々とお母様に報告し、さらにお母様にもほめられたR君。子どもらしく根っこが素直なR君は、以降「ぼくはやさしい子」という自覚を持つようになりました。
 かくしてR君は、第一志望の成蹊に合格。そして第二志望の桐朋学園にも合格し、桐朋学園に入学することになったのです。
 これは、行動観察の授業の成果であるだけではなく、教室と連携したご家庭での関わりが実を結んだと言えます。
 「毎日一つやさしいこと」をし、認められることは、子どもの中に「思いやり」の心を育みます。しかしそれは、教育するご両親の心にやさしさがあってこそです。日頃、ご両親が「わが子さえ良ければ」という姿勢で、身勝手な行動をとるのを見聞きしている子どもに「思いやり」を要求しても無理です。
 今日、東日本大震災から一か月がたちました。被災地では、まだ一筋の光も見えてこない方が大勢いらっしゃいます。私にできることはなんだろう。仙台にいる息子は、がれきの片づけや農家のお手伝いなどのボランティア活動をしています。遠くにいる者として、被災地の方に一番お役に立てることと言えば、やはり義援金でしょう。私どもの力では、何千万円もということはできませんが、教室と個人でできる限りのことをさせていただきました。
 幼児にだってできることがあります。おやつをがまんして、おやつ代を貯金箱に入れる。お手伝いをして、そのお駄賃を貯金箱に。1か月たったら貯まった金額を調べ、ささやかな義援金にするのです。それが被災地の子どもたちの食費になり、文房具代になることを教えてあげましょう。「困っている人を助けてあげられる」という意識は、子どもにも大きな喜びと成長をもたらすはずです。
 私たちの力で、被災地に一筋の光を送ることができると信じています。親として、何よりも一番にわが子の幸福を考えることは当たり前のことです。しかしそれは、社会全体の幸せがあってこそのものです。日本が不幸で、わが子だけ幸福なんてことはありえません。家族ぐるみの「毎日一つやさしいこと」が、受験の成功のみならず、日本の幸せにつながることを確信します。
 一筋の光の先には、必ずまぶしいほど明るい世界があります。「朝の来ない夜はない。」
 東北の地にも、もうじき桜の花が咲くことでしょう。

大野啓子